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天然にがり豆腐 佐藤のとうふ〜戦争で消えた本物の「にがり豆腐職人」(前編)〜
戦前、すべての豆腐店は「にがり」で豆腐を製造していました。

 戦時中、にがりは飛行機の製造(マグネシウム合金製造)に必要とされ軍の統制品となり、にがりの代用品として硫酸カルシウム・GDL等を使用する凝固方法が確立しました。
  この新しい凝固方法は水分も固めるため少量の大豆での生産が可能で利益率が高く、本来の櫂寄せに比べ製法が極端に簡単、製造時間も半分以下に短縮でき、機械による大量生産も可能なことから戦後の大量消費経済に対応出来ました。京都ではこの製法を改良しソフト豆腐を開発しました。
 一方にがり豆腐は水分には反応せずタンパク質のみを固めるため利益率が低く、戦時中ににがりの入手が不可能だっただけでなく、豆腐店がにがりの入手先としていた町のにがり屋が廃業したため戦後も入手経路を一時的に断たれてしまいました。さらに、その製造技術の難しさと職人が戦争の犠牲になるなどして後進の育成も困難を極めました。又、京都のソフト豆腐の成功はにがり豆腐を時代遅れとする風潮となり、戦後は一般の豆腐店はもとより京都・大阪の老舗においてもにがり豆腐職人はいなくなってしまいました。 塩田 天然にがり
(写真)昭和30年代後期の香川県屋島新浜古浜塩田
戦争で消えた本物の「にがり豆腐職人」(後編)へつづく

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